星乱拳客伝 外伝 −鋼の記憶−

星乱拳客伝 外伝 −鋼の記憶− 第6巻



追の転章

静寂だった。
静かに周りの景色がゆっくりと上方へ流れて行く。
交通事故、自然災害・・・人は突発的な緊急事態に遭遇したとき、こんな風になるのだという。
俺は・・・そう俺は八雲道場の斜め前の雑居ビルの5階から飛んだんだ。
起動したビルドアームを見物していたのだろう、路上にいた者の何人かが空中の俺に気付き、こっちを指さしているのも見える。
別に俺は世を儚(はかな)んで身を投げた訳じゃない。
八雲道場を破壊しようとしているビルドアームを止める為にビルから飛んだんだ。
しかし、いくら俺でも生身でビルドアームに向かって行くほど馬鹿じゃない。それにこのままじゃ、地面に激突しちまう。
まあ、ビルの5階から飛び降りるってのも相当の馬鹿だが・・・
俺は、あるモノを呼んだ。
正確に言うなら意識したというところだろうか。それは、八雲道場1階駐車場の片隅にあった。
以前、八雲さんに見せたあと出しっぱなしになっていたあるモノには、大きな布が掛けられそのまま置かれていたのである。
5階の窓枠に足をかけたとき、俺は強くあるモノを思った。
こんなシチュエーションは初めてだったが、微かな反応・・・距離的な問題もあったんだろう・・・が返ってきた。
確信てほどのもんでもなかったが、それだけの準備があっての『飛び降り』だった。
後で聞いた話だが、それは蜂か何かの群のように見えたらしい。
バラバラと音を立てながら急上昇したあるモノは落下中の俺を包み込み膨れあがった。
そして空中で碧い歪(いびつ)な球形をした物体と化したあるモノは轟音と共にアスファルトで舗装された道路へ落下した。
いや、着地というべきだろうか。
なぜなら、アスファルトに刻まれた数条の亀裂の中心には碧く巨大な左右の脚があったのだから。

「おい『歩ヒョウ』だぞ・・・」
「馬鹿。『歩ヒョウ』に髪の毛なんてある訳ねぇだろ」
「馬鹿はそっちだ馬鹿。背中の花の柄がみえねぇのか」

突然現れた巨人が何者なのか、野次馬が議論を始めたのもしかたがない。
俺の『歩ヒョウ』=『レン』には、お世辞にも標準的は『歩ヒョウ』とは言いがたい特徴がいくつかあった。
一つは『頭髪』だ。
かなりの数の『歩ヒョウ』を見てきたが、こんなものがくっついた『歩ヒョウ』にはお目にかかった事がない。
もう一つは、野次馬から見えない位置にある『顔』だ。
こいつには『目』がある。それも3つもついてやがる。
人と同じ位置に2つ、額の真ん中に1つ。
普通の『歩ヒョウ』には目鼻なんて代物はついちゃいねぇ。 『異形』の『歩ヒョウ』ってやつだ。
まあ、こいつを創った『纏(まとい)職人』=『ナオ』がかなりの変わり者で、その変わり者が自分の趣味で創ったこいつを俺が譲り受けたって経緯がある。
しかし、この変わり者、腕は超一流だ。
装着感、感度、強度、敏捷性、どれをとっても文句なし。
特に、背中の白蓮の彫りモノは世界で一番だと思っている。
実際『ナオ』と二人でこいつを眺めて、よく酒を飲んだもんだ。

「誰か『ヒョウ局』に頼み事でもしたのか・・・」
「まさか、あっちの助っ人じゃぁ・・・ないよな」

やじうまの声を背中に感じながら俺は『歩ヒョウ』=『レン』の胸部を開いた。

「てめぇら一ミリでも動きやがったら、そのボロ・ビルド・アーム、ジャンク屋も嫌がるくらい粉々に刻んじまうぞ」

吠えて、『歩ヒョウ』=『レン』を疾らせた。
頬を打つ風を感じた時、俺は自分が笑っている事に気付いた。
それが昔、誰かに言われた肉食獣の笑いである事を思い出し自分が『ヒョウ師』であることを思い知った。



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