星乱拳客伝 外伝 −鋼の記憶−

星乱拳客伝 外伝 −鋼の記憶− 第6巻



追の起章

「えらく思いきった事をするじゃねぇか」

俺は馬鹿に言ってやった。
持ち主の許可なしに、いきなり取り壊しとは穏やかじゃない。

「手続き上は問題ないらしいぞ」

他人事のような馬鹿の口調には呆れちまった。

「問題ない『らしい』ってのはどういうこった・・・えぇ?」

俺は言ってやった。

「どっちにせよ八雲道場はぶっ潰されるってことだ」
「わかったら、さっさとサインしやがれ」

馬鹿は茜さんにペンを握らせる。

「あと3分だ」
「早くしないと、お前ん家がぶっこわされるぞ・・・遅かれ早かれ、ぶっこわれるには違いねぇがな」

馬鹿が時計を見ながらイヤな笑いかたしてやがる。
・・・ちょっと待てよ。
ヤバい。
こいつは、思った以上にヤバい事だ。
昨日、八雲さんと俺でかなり飲んだんだ。
ってことは八雲さんまだ寝てる筈だ。
八雲さんは深酒をした翌日は、いつも昼過ぎまで寝てるんだった。
このままだと、道場もろとも八雲さんまでやられちまう。
道場に残したハルのことも思いだしたが、そこまで都合よく危険を察知できる筈が無い。
まして奴には、道場で待つように指示してある。

「解りました、サインはします。しますから、早く止めてください」

茜さんも同じ事を思ったに違いない。
慌ただしく馬鹿の方を向くと珍しく慌てた様子で言った。

「止めてやるさ・・・だがサインが先だ、早くしねぇとほらやってきたぞ」

窓から八雲道場の方を見ながら馬鹿が言った。
この時、八雲道場にはトレーラーに乗せられた2台のビルドアームが近づきつつあったらしい。

「お前ん家の前でビルドアームが待ってるぜ」

唇をきつく噛みながら茜さんが書類にペンを走らせる。

「サインはしました、早く・・・」

怒りと悲しみが入り混じった表情で馬鹿を見上げる茜さん。
なんとかなんねぇか・・・いや、なんとかしねぇと・・・

「あと1分だ」

馬鹿はリモコンマイクに言うと書類を取り上げた。

「こいつさえ手に入れば、後はどうしてもいいことに・・・なっ」

その時、茜さんが馬鹿のもっていたリモコンマイクを奪おうと急に立ちあがった。

「わっ」

間抜けな声は無論、馬鹿だ。
その瞬間・・・
リモコンマイクが馬鹿の手から滑り落ち、慌てた馬鹿がナイフを振った。
同時に茜さんは落下するリモコンマイクへ手を伸ばす。
チャンス。
俺は、態勢の崩れた馬鹿と茜さんとのあいだに出来たスペースに割り込むようにダッシュした。
その距離約5メートル。
左右の男達も、少し遅れてそれに反応している。
いい反応だ、だが飛び出すタイミングを探していた俺には敵わない。
馬鹿がへっぴり腰で突き出しているナイフを蹴り飛ばした俺は、馬鹿の顔面を一発殴って昏倒させると、茜さんを庇いつつ振り返った。
すでに距離を詰めていた男達。向かって右側の方が一歩近い。
俺は振り返った勢いそのままに右側の男の懐にしゃがみ込むように飛び込むと伸びあがるように下から右掌を突き上げた。
下あごを強打した男はのけぞりながら後ろへ倒れそうになる。
さらにもう一発、男の脇腹に右のショートフックを入れる。
今度は逆に体を『く』の字に折る男。
ぐぐぐぅと唸る男にタックルをかけ、もう一人の男の方へ追いやると、一歩ステップバックしつつベルトの後ろに隠した『モノ』を放った。

キュン

それは男達の周りを一周し手元に戻った。
俺は『飛燕』を放ったのだ。
手元の紐を引き絞り暴れる男達をひとまとめにすると、元気な方の男を静かにさせた・・・ようはぶん殴ったんだが・・・
その時、入口のドアが閉じられた音が聞こえた。
どうやら見張りが中の騒動に気づいたらしい。
仲間を呼びにいったのか、それとも・・・

「やめて、やめてください・・・」

振り返るとリモコンマイクに茜さんが賢明に呼びかけている。

「茜さん怪我してるじゃないですか」

馬鹿の振るったナイフがかすめたのだろう、茜さんの右上腕から血が流れていた。

「通じないんです・・・」

自分の怪我など眼中にない様子で俺を見つめる茜さん。
俺はリモコンマイクを受け取ると、伸びている馬鹿の頬を2、3度ひっぱたいた。

「お前の負けだ、このトンマな計画を中止しろ」

3度ほど同じような事を言う羽目になったのは、馬鹿の目になかなか理性が戻らなかったからだ。
ようやく3度目に肯いた馬鹿はリモコンマイクを求め、スイッチを入れた。
そして、ニヤリと笑って言いやがった。

「やっちまえ」

次の瞬間、顔面の大きなアザを土産に馬鹿は再び深い眠りに落ちた。



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