星乱拳客伝 外伝 −鋼の記憶−
結の結章
安っぽい机が一つと、パイプ椅子がいくつか置いてあるだけの雑居ビルのワンフロア。
床に直置きされた電話機が寒々しい。
「本当に一人で来るとはな」
部屋の一番奥、表通りに面したガラス窓を背にした男が堅い声でそう言った。
この場を仕切っている・・・にしては、どこか落ち着きがない・・・であろう電話の男だ。
「てめぇが言ったんだろうが」
俺は言いながら、ざっと周囲を見回した。
一番奥の電話の男。
その向かって左横にパイプ椅子に座った茜さん。
・・・やはり両手は後ろだ・・・
その二人の両脇に男が一人ずつ。
この部屋には俺を入れて五人。
ついでに、この部屋のドアの前に一人ってことになる。
なんだか、妙だ・・・
どこが、どうとは言い難いがなんだか妙な感じがする。
「探してたんだぜ、榊さんよ」
電話の男が話しだした。
「俺が、あのカジノに戻った時には、もうあんたはいなかったんだよ」
カジノ、カジノ・・・
ごたごたは日常茶飯事だったからなぁ
「何だかんだで、あんたの行き先は結局解らなかったんだ」
「そこで、このお嬢さんのほうを辿ってみると、そこにあんたが居たって訳だ」
「まさか、つるんでたとはねぇ」
こいつはカジノで茜さんに投げ飛ばされた仲間。
それも最後まで、うるさかった奴だ。
「すぐに踏み込もうと思ったんだがね」
「なんでも、『道場』だって言うじゃないか。そこで、俺は待った。情報を集めながらな」
「聞いたぜ、この区画は再開発区画に指定されてるそうじゃねぇか」
初耳だった。
いや・・・そういえば近所の人が八雲さんのところに集まっているのを何度か目撃している。
「その再開発に反対している中心人物が八雲文吾・・・つまり、八雲茜さんのお父さんて訳だ」
「地獄で仏とはこの事だな」
なんか違うような気がしたが、しゃべりたい奴にはしゃべらせておくに限る。
「俺は再開発計画に携わる業者に片っ端から連絡を入れた。この区画の工事計画がスムーズに進むよう協力したいってな」
こいつ・・・躍らされてる。
なんて馬鹿な奴だ。これじゃ、自分から進んで人柱になったようなもんじゃねぇか。
この胡散臭い茜さんの誘拐事件が終わればこの馬鹿は消される。
計画が失敗した時は事件の首謀者として吊るされるだろうし、たとえこの計画が成功したとしても事件の真相を知る部外者としての最後を迎えることになるだろう。
正面の馬鹿以外・・・もちろん茜さんは除く・・・の、なんとも言えない嫌な感じはこのせいだったのかもしれない。
「さあ、この書類にサインしてもらおうか」
「それさえ終われば、俺の好きにしていいことになってるんだ」
茜さんの前に置かれた机に書類とペンを置いた馬鹿。
「今から両手を自由にするが暴れるんじゃねぇぞ」
茜さんの後ろに回って、右手のナイフを茜さんの首筋にあてがった馬鹿はもう一度暴れるんじゃねぇぞとねんをおしてから、左手の黒いリモコンのスイッチを押した。
かちっと小さな音が椅子の向こうで聞こえた。
「ゆっくりだぞ」
いくら相手が格闘術のこころえがあるからといっても、やりすぎじゃねぇかと思うほどの慎重さだった。
「これは・・・こんなものにサインなどできません」
きりりとした視線で馬鹿を見上げる茜さん。
いいねぇ、決まってる。
後で聞いた話だが、その書類には某建設会社に八雲さんの所有している建物・・・要するに道場だ・・・を譲渡する内容が記してあったらしい。
「そりゃそうだろうねぇ。そうくると思ってね、次の手は用意してあるんだよ」
と、さっきのリモコンを大仰に取り出し口元に持っていった。
「俺だ、今からきっかり5分後に行動を開始しろ」
マイクでも内臓されているんだろう、しかし、5分後に何をするつもりだ。
勝ち誇ったように馬鹿は茜さんに向きなおる。
「聞こえたな。俺が止めないかぎり、きっかり5分後に仲間が行動を開始する」
訝しげに馬鹿を見上げる茜さん。
そりゃそうだ5分後に何が始まるか言わなきゃ始まらない。
馬鹿はようやく、その事に気付いたようだ。
「えっと・・・今から5分後に仲間が八雲道場の取り壊しを始める」
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