星乱拳客伝 外伝 −鋼の記憶−

星乱拳客伝 外伝 −鋼の記憶− 第6巻



結の起章

俺は『飛燕』に夢中になった。
俺の考える『ヒョウ術』における武器に、もっとも適した形だと思ったからだ。
様々な流派の様々な武器。
それは『棒』であったり『剣』であったり多岐に渡る。
しかし、俺はそれらのうちのどれも選ばなかった。
その最大の理由は『かさばる』ということだ。
『歩ヒョウ』が『ヒツ』と言われるコンパクトな形に変形できるメリットを帳消しにしてしまうことになりかねない。
長さ3メートルもの長剣など、どう考えても人の使うものではない。
中には『歩ヒョウ』自体に武器を仕込んであるものもいるが・・・
しかし『飛燕』は違った。
八雲さんがそういった事を見越していたかどうかは未だに不明だが、それは確実に俺の心を捉えた。
だが『ヒョウ術』へ応用する前に、まず『飛燕』の技を習得することが先決だ。

「上泉さんのところへは行かんのか」

以前、八雲さんが夜の『訓練』中に言った言葉だ。
その時は上泉さんの名前が八雲さんの口から出たのが意外だったが今思えば、それも当然のように思える。
一番有名な『ヒョウ師』は?と問われれば10人中10人が上泉さんの名前を答えるだろう。
それに八雲さんはどうやら『ヒョウ師』・・・というか『歩ヒョウ』に、だ・・・に興味があるらしいことは伝わっていた。

「そのうちに行くつもりです」

俺は曖昧に答え『飛燕』を投げ続けた。
『ヒョウ師』を志すものにとって上泉の名はある意味、絶対的なものがある。
八雲さんの言う通り上泉さんのところへ行けば、今よりスムーズに『ヒョウ術』の鍛練が可能だろう。
しかし、俺はそうしなかった。
上泉さんのもとで鍛練を重ねたとしても、上泉さんのようにはなれないだろうという思いがあった。
いや、正確に言うなら上泉さん以外の何者であろうとも上泉さんのようにはなれないだろう。
俺が昔見た、上泉さんは他の者とはあまりにも違っていたのだ。

「だいぶ、かっこがついてきたじゃないか」

八雲さんの言葉にまだまだですよと答え、また『飛燕』を放つ。
紐の付いた鉄片を投げるということに関しては、そこそこ上達した・・・というか慣れた・・・感があったが、それを操るとなると全然ダメだ。

「しかし、どうも堅いな・・・道場での動きとはえらい違いだ」

誉めた途端にこれだ。
八雲さんが懐から、『飛燕』を取り出して無造作に放つ。
方向は排気ダクトと給水パイプが並んだ一画だ。
ゆっくりとさえ見える『飛燕』の飛行。
そして、いくらも手を動かしたとも思えないのに八雲さんの放った鉄片は、立ち並んだパイプを右へ左へ避けつつ飛翔した。

「拳を打つのと同じことだよ」

八雲さんが「飛燕」を回収しつつ言う。

「『飛燕』の動きをイメージしながら、紐を引けばちゃんと動いてくれる筈だ」

俺が拳を打つように『飛燕』を操れるようになるのは、かなり後の事であった。



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