星乱拳客伝 外伝 −鋼の記憶−
転の結章
「あれが見えるかね」
均等ではない薄暗闇の中。
7〜8メートル向こうの床にジュースの空缶が3つ並んでいた。
「ジュースの缶が並んでますね」
軽く肯いた八雲さんは、一番右の缶を見てなさいと言った後、軽く左手を振った。
カン
軽い音と共に缶は後方に倒れた。
「見えたかい?」
八雲さんは問うた。
もちろん八雲さんは、缶が倒れたのが見えたかと聞いている訳じゃない。
缶を倒したものの正体が見えたかと聞いたのである。
「左手から、何かが飛び出して・・・戻りました」
一つ肯くと八雲さんは右手を振った。
コン
また同じような音がした。
狙ったのは真ん中の缶。
しかし、後方へ倒れる筈の缶は八雲さんの右手の中にあった。
「見えたかい?」
また同じ問い。
「右手で何か・・・小さな刃物でしょうか・・・を投げて、それを缶に突き差し、また戻したように見えました」
また一つ肯くと八雲さんは缶ごと右手の中身を俺に渡した。
それは、10センチほどのひし形の鉄片に紐(ひも)が結びつけてある物であった。
渡された『もの』から八雲さんに視線を戻すと、それを待っていたかのように・・・実際、待ってたのだろうが・・・八雲さんが言った。
「一番右の缶をそれで取ってみなさい」
はい、と返事をした俺は、渡された鉄片から缶を引き抜くと右手に握った。
この手の投擲(とうてき)武器は別の場所で何度か投げたことがある。
この距離なら大きく外すことはないだろうが、この紐(ひも)が気になる。
俺は大きく振りかぶって、投げた。
カン・・・コンココココ・・・・
外しはしなかったが、缶は向こうに転がっていった。
その時は、まだ気付いていなかった。
固定していない空缶を貫くと言うことが、どれほどの困難なことか・・・
「それは『飛燕(ヒエン)』という武器でね。・・・少々、私流にアレンジしてあるが・・・見かけ以上にいろいろな使い方ができるんだよ」
左手の『飛燕』を右手に持ち変えた八雲さんは、左側の倒れた缶を指差しながら言った。
「使い方しだいではね、こんな事もできるんだよ」
そして俺は見た。
八雲さんの右手から放たれた『飛燕』が転がった空缶へ飛翔するのを
そして、空缶の上、10数センチを通過する・・・外した・・・そう思った刹那・・・八雲さんが右手を振った。
キュン
何かが空気を切り裂く音。
そして次の瞬間。
カン
『飛燕』は空中で向きを変え空缶に命中していた。
そして、その空缶は空中へ跳ね上げられ、緩やかな放物線を描きつつ八雲さんの手の中に収まった。
「八雲流投擲術『飛燕』、というところかな」
俺の背筋に経験したことのない戦慄が疾った。
「気に入ったかね」
俺は肯くことしかできなかった。
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