星乱拳客伝 外伝 −鋼の記憶−

星乱拳客伝 外伝 −鋼の記憶− 第6巻



転の承章


「これが『ヒツ』ってやつかい」

夜半。
誰もいない駐車場の隅に止めてある俺の車から降ろした『ヒツ』を見た八雲さんが子供のような無邪気さで言う。

「へぇ、これがでっかい『歩ヒョウ』になるんだろ」

すげぇすげぇとひとしきり感心した後、

「榊くん。ありがとうな」

不意に神妙な顔つきになって、俺を振り返った八雲さんが右手を差し出した。
なんだかよく解らないまま握手を交わす。

「この歳になるとね、自分に出来ることと出来ないことが解ってしまった気になるもんなんだよ」

一人語る八雲さんは俺の答えを期待していない。

「愉快だね、榊くん。いや実に愉快だよ」
「この歳になっても、まだこんなに愉快なことに巡りあえるんだね」

少量ではあったが、さっきの酒もて手伝っていつもより饒舌になっている。

「誰にも伝える事は無いと思っていたんだがね」
「君になら私が覚え、伝えずにおこうと思っていた技を有効に使ってもらえそうだと思うんだが・・・どうだろう」

既に何かを心に決めたような面持ちで俺を見上げる八雲さん。

「ははは、すまんすまん。勝手に盛りあがってしまったようだな」
「柄にもなく熱くなってしまったよ」

八雲さんは顔を両手でぱんぱんと叩くと、今日はもう遅いからこのへんで切り上げようと駐車場脇の階段へと向かった。
そして最後に、

「明日から、忙しくなるぞ」

そう俺に言った。
その言葉の本当の意味を知るのはそれから24時間後のことだった。



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