星乱拳客伝 外伝 −鋼の記憶−

星乱拳客伝 外伝 −鋼の記憶− 第6巻



転の起章

俺達は酒を飲んでいた。
俺、榊藤十郎と小さな卓袱台(ちゃぶだい)を挟んだ向こうに八雲文吾さんの二人で飲んでいる。
俺も八雲さんもあまり酒が強いほうではないらしく、つまみの枝豆ばかりが減っていた。

「で、今日はこんな話をしにきたんじゃないんだろう?」

一時間ほど格闘技について話した後のちょっとした間に八雲さんが言った。
そうだ、今日わざわざ二人きりの席を作ってもらった目的は・・・

「すいません八雲さん。話しておかなければと思いながら、ずるずると一ヶ月以上言い出せないままになってしまって」

めずらしく歯切れの悪い俺をまあまあとなだめたあと八雲さんは、で結局のところ何なんだいと尋ねた。

「はい。実は・・・自分は・・・『ヒョウ師』でして・・・」

短い沈黙

「・・・で?」

また短い沈黙

「だから、『ヒョウ師』だと何か都合が悪いことでもあるのかい?」

何でもない事のようにそう言うと、枝豆を一つ口にほおりこんだ。
考えてみると、別に『ヒョウ師』だからといって何か都合の悪いことがある訳じゃない。
しかし・・・

「世間には、『ヒョウ師』のことをあまり良く思っていない人が少なからずいるもので」

俺は言った。
人が『ヒョウ師』を語る時、その言葉には、憧れと軽蔑と恐怖が含まれている。

「ほう、そんなもんかね」

また一つ枝豆を食べながら八雲さんは続けた。

「『ヒョウ師』ってことなら、俺のところより上泉さんのところへ行ったほうがいいんじゃないのか」

上泉氏の名前にびっくりしている俺をみて八雲さんが笑う。

「俺だって、一般常識以上には『ヒョウ術』のことを知ってるんだぜ」
「いやなに、『歩ヒョウ』ってのを初めて知った時に、ちいとばかり調べたんだよ。世の中には面白いオモチャがあるもんだな」

更に身を乗り出して八雲さんは続けた。

「ってことは榊くん、君も『歩ヒョウ』を持ってるのかね」

目を輝かせた八雲さんに嘘をつける筈もなく、俺は肯いた。



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