星乱拳客伝 外伝 −鋼の記憶−

星乱拳客伝 外伝 −鋼の記憶− 第6巻



承の転章

速い。
ハルの前蹴りは八雲さんの腹部へ吸い込まれたように見えた。
茜さんたちにもそう見えたようで一瞬、空気が硬くなった。

「いい蹴りだね」

当然のようにハルの右斜め前に立った八雲さんはハルの胸を軽く・・・見る限りでは・・・右掌で打った。
さほど速くもなく、力を込めたようにも見えない掌であった。
しかし、ゲホゲホと咳込むハルはその場に蹲った。
かなりの衝撃であったことは疑いようがなかった。
大丈夫かいと声をかける八雲さんにハルは、

「大丈夫です、ちょっと油断してしまって」

と返した。
油断したというよりも八雲さんの右掌のパワーを読み違ったのだろう。
胸をさすりながら立ちあがったハルは、

「もう一本、お願いします」

そう言って頭を下げた。


二試合目。
先程と同じように八雲さんとハルが向かいあっている。

「互いに礼」

さっきと同じように礼をする八雲さんとハル。
しかし、ハルの消耗は思った以上に激しいようで、礼の動作からもそれがうかがえる。

「構え」

須田くんの声に、両者が構える。
八雲さんはさっきと同じ・・・少なくとも俺にはそう見えた・・・であったが、
ハルの構えは少々・・・ほんの少しではあったが・・・違っていた。
若干では、あるが前傾した構え。
一試合目がムエタイなら今度はボクシングといったところか、
今度はパンチで行くという心構えが、そのまま現れたようにも思える。

「始め」

両者が構えたのを確認した須田くんの声が響く。
その声の余韻が消えぬうちにハルは疾った。
しかも、速い。
スピードは一試合目以上だろう。
なんの躊躇もなくパンチの間合いに跳び込んだ。
いや、その前に・・・

ぱん

音がした。
ハルはパンチを打つと見せかけて、またも右の前蹴りを放ったのだ。一試合目と同じ場所へ。
しかし、八雲さんは更に上手であった。
そのハルの前蹴りを右手で弾いたのだ。
『ぱん』という音はこの時、発した音だった。
次にハルは、その弾かれた右足に体重を移し右のショートフックを放った。
スピード、タイミング、共に申し分ないパンチだった。
しかし・・・

ふんっ

呼気と共にハルの上体は回転した。
その拳が八雲さんを捕らえることのないまま。

ぱん

また、あの音が響いた。
今度は半回転したハルの背中を八雲さんが叩いたのである。
あっけにとられるハルに八雲さんは、

「このくらいにしとこうかね」

と告げた。



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