星乱拳客伝 外伝 −鋼の記憶−

星乱拳客伝 外伝 −鋼の記憶− 第6巻



承の起章

俺が『八雲道場』を訪れたのは、茜さんに会ってから一ヶ月後であった。
高待遇のバンサーの仕事を止めて辺境コロニーに足を運んだのは、茜さんが美人だったからじゃない。
いや、まぁ、否定はしないが・・・
あの日から、茜さんの投げ技が頭から離れないのだ。
非常に乱暴な分類ではあるが、格闘技は大きく『打つ』『投げる』『絞める』という3つに分けることができる。
その中で『投げる』という要素は『打つ』という要素に比べて地味に思える。
しかし、路上の格闘において『投げる』という要素は時として『打つ』という要素を上まわる重要度を持つ。
これは、『投げる』という動作が『打つ』という動作より環境に左右されやすいからである。
『打つ』という動作はだいたい・・・宇宙空間なんかは別だ・・・どこでも同じような効力を発揮する。
しかし『投げる』という動作は、どこへ投げるかということが重要になってくるのである。
クッションの効いたマットと硬いアスファルトでは、その差は歴然である。
更には『投げる』という動作後の態勢の変化である。
相手が倒れているという優位性はある意味、絶対的なものがある。
実際、倒れている相手に対しての打撃を禁じている格闘技が多いのもそのせである。
前置きが長くなったが、俺が『八雲道場』を訪れた時、
玄関で俺達を迎えてくれたのは他でもない茜さんだった。
突然の訪問に笑顔で応じてくれた彼女は俺達に道場主でもある父を紹介した。

「八雲文吾(やくもぶんご)です」
「どうも、娘がお世話になったようで」

そういう八雲さんはやや白髪の混じりの40代後半の男(こういっちゃなんだが、普通のおやじに見えた)であった。
どうやらだいたいの話は伝わっているらしく俺達はすぐに道場へ通された。
道場といってもフィットネスジムといったほうが近いイメージだろう。
ちなみに3階建のビルの1階が駐車場、2階が道場、3階が八雲さんの自宅兼オフィスとなっているようだ。
道場では若者が2人ほど体をほぐしていた。

「やっとるな」

八雲さんの言葉に2人の若者は押忍(おす)と答えた。

「紹介しよう、須田くんとアンドリューくんだ」
「二人にはこの道場のことをいろいろやってもらっているんだ」

二人の肩を嬉しそうに、ぽんぽん叩きながら八雲さんは言う。 須田くんと呼ばれた男は180センチ以上はあるだろう立派な体格をした若者であった。
よろしく、と右手を差し出した時、四角い顔に浮かべた笑顔には独特の愛敬があった。
そして、アンドリューくんは逆に165センチといったところか小柄な体格でなかなかのルックスであった。
続いて八雲さんは二人に俺達を紹介した。
どう紹介するのかと期待していたが「茜が話していた」という前置きがあっただけだった。

「さて着替えようか」

挨拶が終わったあと八雲さんは当然のように言った。
少し戸惑っていると、ロッカーへ行く途中で振り返った八雲さんは俺達に続けた。

「しばらくここにいるんだろ」



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