星乱拳客伝 外伝 −鋼の記憶−

星乱拳客伝 外伝 −鋼の記憶− 第6巻



起の転章

「C8−Aのバーカウンター左隅の酔っぱらいが女性にからんでいる」
「誰か、助けてやれ」

イヤホンから指示が聞こえる。
カジノの天井には数メートルおきに監視カメラが設置されていて、24時間態勢で客の安全と不正行為を監視している。

「俺が行こう」

胸元の隠しマイクに呟くと、適度な賑わいのカジノホールへ歩を進めた。
オフシーズンとはいえ週末だからだろう、それなりの客の入りだった。
目的のバーカウンターは、ここから1分かからない。
3つ並んでいるルーレットテーブルの向こうにあるスロットマシーンの一群を左に折れたところだ。
しかし、せっかちなトラブルはその1分が待てなかったようだ。

「なにすんのよ」

グラスの割れる音と共に女の声が聞こえた。
ちょうど俺がスロットマシーンの一群を左に曲がった時だった。
その時、目に飛び込んできた光景は、女が二人、男が四人。
二人の女を半円形に囲むように男が四人立っている。
その男達は何れも、かなり酔っているようであった。
片方の女が男の一人に手首を掴まれている。
さっきの女の声は、二人の女のどちらかのものだろう。
現場まで5メートルほど。
どの男がリーダーなのかチェックしながら近づく俺の目前に女の手首を掴んでいた男が降ってきた。

「失礼」

見事な投げ技であり、凛とした声であった。
どうやらさっき嬌声はもう一人の女のものらしい。
しかし見事なもんだ・・・
などと感心している場合ではない。

「他のお客様の御迷惑になるような行為は、お控えください」

俺は殺気立つ残った三人のうち真ん中の大男に声を掛けた。
相手もお客、あくまで低姿勢なのは言うまでもない。

「なんだぁ」

最後の『ぁ』が聞こえた時には男の右手が俺の胸倉を掴んでいた。
190センチはあるだろう大男は上から見下ろすように・・・実際、見下ろされていたが・・・俺を睨んだ。

「お客様、困りますっ」

こっちも最後の『っ』ってところで、俺の胸倉を掴んでいる大男の右手を捻った。
ててててて・・・、と大男が小さく跳びはねながら言うのはおかしいもんだ。
更に右手を絞り上げて大男の後ろをとる。

「こっちは客だぞ」

右手を後ろに固定された大男が悔しそうに言うのをまわりの野次馬が見ている。
確かに大男の言うことにも一理ある。

「てめぇら、見せモンじゃねぇ」

これも一理あるが、右側の男が取り出した刃物はいただけない。
俺は大男を右側の男の方に突き飛ばした。
たたらをふむ大男と、手に馴染んでいない刃物で仲間を傷つけまいとする男が無様にぶつかり、これまた無様に尻餅をついた。

「訴えてやる」

残りの一人が俺に指を突きつけて、

「訴えてやるからな」

もう一度、言いやがった。
公衆の面前で、女に投げ飛ばされ、バンサーに突き飛ばされ、味方同士ぶつかった仲間は3人とも床に尻をついている。
唯一、立っている男は、更に言った。

「知りあいに頼んで、酷い目にあわせてやるからな」

この男達が何者なのか不明だったが、
いざとなれば監視カメラの記録が事の成り行きを証明してくれる。
まあ、事実をねじ曲げられるほどのバックがいた場合は意味ねぇが。
もうひと悶着ありそうな勢いだったが、
他の3人の酔いはさめていたようだ。
あるいは、野次馬に混じってこちらを見つめているバンサーたちの視線に気付いたか。
手や尻をさすりながら立ちあがった三人プラス一人は悪態をつきつつ、カジノを去った。



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