星乱拳客伝 外伝 天道幻夢団

星乱拳客伝 外伝 天道幻夢団 緋色の巻



序 章

女の子がネオン街を歩いている。
小学校低学年くらいだろうか。
そんなに深い時間帯ではないとはいえ奇妙である。
実は彼女、学校からの帰宅中なのである。
もちろん通学路などではない。
女の子の家は港近くの高級マンションにあり、学校の帰りに寄り道する店からは、このネオン街を突っ切るのが一番の近道なのである。
両親には何度も怒られているのに今日もこの道を使っている。
懲りない性格であった。

そのネオン街の中心付近に差し掛かったころ、前方に人が集まっていた。
なんだろうと近づいてゆくと、人の流れに乗ってしまい最前列に押し出された女の子。

(えっ・・・なになに・・・)

気付くと黒山の人だかりの中心にいた。
そこは・・・ネオン街とはまた異質な原色の世界。

「コロニー=トロネリに天道夢幻座がやってまいりました」

ピエロ、ジャグラー、大道芸人。
それは非日常の世界であり、彼らはその住人であった。
口をあんぐりあけたまま異世界を見上げる女の子を黒い影が覆った。
身長2メートルはあろうかという大男。
剃り上げた頭に四角い顔、その小さい目が女の子を見つめていた。

怖い・・・

恐怖心が女の子の心を振るわせる。
巨大な男の巨大な手が女の子に迫る。
その手には小さな紙切れが掴まれていた。
・・・摘(つま)んでいたという表現の方が近いだろう・・・

「びっくりしたかい」

大人の女の声は、大男の右隣で妖艶な女として存在していた。
女はごめんねと続けた後、女の子の前で膝を折り、目線を合わせた。

「悪い奴じゃないんだけどねぇ、図体ばっかりデカくて困ったもんだよ」

女の子が小さな山のような男を見上げると、男は困ったような、心配しているような目をしていた。

「大丈夫だよ」

女の子は元気よく答えると、男の差し出した紙切れを受け取った。
それはB5版のチラシであった。

「ありがと」

笑顔で答えると、女は妖艶に微笑み、男は嬉しそうに大きな手を小さく振った。
女の子を残し、彼らは去ってゆく。
ネオンの街を練り歩くのである。

「トモちゃん、また、こっちから帰ってきたのね」

チラシを手に人の群れを目で追っていると、買い物袋を提げた母親が足早に近寄ってくる姿が目に入った。

(やばっ)

心の声は表情に直結しているらしく小さく舌を出した女の子。
その母親のゲンコツがコツンと頭を叩く。

「さっ、帰りましょ」

手を引かれつつ女の子は後ろを振り返ると、彼らの姿は既に見えなくなっていた。



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